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競馬コラム

心地好い居酒屋

2020年11月18日(水)更新

心地好い居酒屋:第97話

「エ女王杯」で馬券完敗。それもノーザンFの生産馬での①②③着独占とあって、翌11月16日の月曜日は決して快い寝覚めではなかったが、ベランダに出ると風もなく暖かな陽が差す好天。思わずこんな小春日和の穏やかな日は……。山口百恵の「秋桜」を口ずさみ昨日の結果を追っ払った遠野。<チョッピリ早いか>との懸念はあったが、月末の天気がどうなるかも分からないし、東京まで一ヶ月分の処方箋を貰いに行くことに決めた。

 早速、親爺にその旨を連絡。と「横ちゃん喜ぶよ。で、何時頃になる?」「明るいウチにつくんじゃないかな」「釣瓶落としだからなぁ。4時過ぎには暗くなるから概ね4時ってことか」。親爺の声も弾んでいる。隠居老人になっても、まだ来訪を歓迎してくれる人が居るんだから幸せだ。

到着は両者の読み通り。黄昏時だが“誰そ彼”と問うまでもなく親爺が縁台に座って待っていた。さすがに縁側でアルバムを開いては…の状況ではなく好きな煙草をくゆらせていた。脇には焙じ茶なのか湯飲みがあったが、遠野の顔を見るなり、大きく煙草を吸い込み、ユックリとはき出して、火を消し、空の湯飲みを持って「冷えてきたし入ろうか」

玄関には隙間があり、入り口近くにはストーブが置かれている。外の冷気を少しでも和らげる積もりだろう。もはや例のゲーム屋さんの指定席ともなっている左奥の窓も僅かながら開けてある。換気は万全といえよう。掘り炬燵式の電気カーペッットだから、こんな時は重宝だ。

「寒かったら窓閉めるよ」「この陽気で閉めてたりしたら真冬は持たん。このままで十分」と応えて席に腰を下ろした。「どうする。始める?」「そうだな。まず焙じ茶を一杯貰って、その間に浸けといて」「『千寿』でいいな」。いつもの会話が始まった。

「おっつけ横ちゃんもくるはずだけど、大したもんだ。昨日は『エ女王杯』より『福島記念』が本線だったみたいでな」。焙じ茶タイムが終わったのを見計らって熱燗に、お新香と牛肉のしぐれ煮を運んできた親爺が座り込んで報告した。

「ふ~ん。ということは『エ女王杯』は親爺も外したのか」「ラヴズオンリーユーが軸だったからな」「俺もだ」と頷いて酒を飲んだ。焙じ茶を入れて間もないせいか食道に刺激は少なく“五臓六腑に染み渡る”とはいかなかったが、やはり旨い。「で、福島は?」「横ちゃん曰く『池添には全10場の重賞制覇がかかってますから』と言ってバイオスパークを推してたんだ」「なるほど。さすが競馬班を希望していた現役記者。いい所に目をつけたな。俺なんか“後で気がつく寝小便”で結果を見て知ったよ。だらしない話だが…」「確かに!昔のとのさんなら見逃さなかったな。ま、それはともかく史上6人目、それもローカル開催が減らされる中での記録ってのが凄いよ」。親爺、裏開催の“田舎の爺さん”(ローカルのGⅢ)は原則買わないから、馬券は関係なかったらしい。それでも感心しきりだから、親爺の正直さも凄い。

噂の横ちゃんがやってきたのは5時前だが、外はすでに真っ暗だ。冬至まで後ひと月。これから、ますます日の入りが早くなる。ついこの間は、同じ時間帯でも挨拶は“こんにちは”だったのだが、この日は「今晩は」と一礼「お邪魔します」と言って隣に座った。同時に「さ、一杯いこう。『福島記念』おめでとう」。遠野が徳利を取り上げ祝福した。「あ、い…いただきます」と緊張気味に猪口を持ち親爺を見遣った。「そう。親爺から聞いたよ」「有り難うございます」。頭を下げ一気に空けた。後は「おかげさまで」で終わり、親爺が喋ったであろう能書きを繰り返さなかったのは偉い。

「それより札幌の実家の方は大丈夫かい?」。遠野が札幌の感染状況を心配する。「はい。豊平川を渡れば別世界ですから。もともと父は仕事が終われば真っ直ぐ帰るタイプですし、最近は祖父もススキノには行かず、飲むのは常連さんばかりの自宅近辺。お互いそれなりの気を遣う人達ばかりですから」

「『札幌記念』の頃は感染させちゃいかん、ってことで『帰ってこなくていい』と言われてたのに、今度はこっちが心配する立場になっちまったなぁ」。親爺がぼやく。「でもさ。横山君のお爺さんが常連さんばかりの飲み屋に行くってのは正解かもな。ここだって6月から前日予約制にし、予約サイトのポイント制なんてのを無視したから俺達も安心して飲み食いできるわけでね。な、親爺!」

「ゲーム屋さんを筆頭に『ポイントを利用する見知らぬ奴が来ないからいいよ』と言ってくれる常連さんが居て…。助かってるよ。そうそう、月に何回か来てくれる老夫婦からも喜んで貰ってるし料理人冥利に尽きるよ」。親爺シンミリ顔で猪口を口にする。「自分は『学術会議』の問題でも役人の紙がなければ返答できない、つまり自助ができない菅が国民に自助を強制するんだから笑っちゃうよ。“自助”で生きる親爺を見習えと言いたいね」。新しい熱燗を横山と親爺に勧め、遠野は皮剥の肝を醤油で溶いた。

「今や、道東はともかくイートはもちろんトラベルも止めて欲しいってのが道民の本音だと思いますよ。それに…」。横山が口籠もりながら稚鰤(わらさ)の刺し身を摘まんだ。「何?」と親爺。「いえ。茨城や滋賀も増えてるのが気になって」「そうかぁ。美浦や栗東で流行したら唯一の楽しみすら奪われちゃうし」と親爺。

「今週は『マイルCS』で来週が『ジャパンC』。遠野さんの注目馬を教えて下さいよ」

「うん、そうだ。今月はもう会えそうにないし、とのさんの意見も聞いておかなくては」。二人して持ち上げる。

「『マイル』は社台の持ち回りみたいなもんで、買えばお抱えのルメールとデムーロの2頭軸の3連複。『ジャパンC』は無敗の三冠馬デアリングタクトとコントレイルだな。いつもは3連複だが、今回だけは2頭の①②着付けの3連単を買う」。珍しく早々と宣言した。

「馬連は?」と親爺。「牡牝無敗の三冠馬誕生や史上初の芝GⅠ8勝馬など“新記録”がトレンド。なら史上初キャリア5戦での優勝馬が出てもおかしくないだろ」

「う~ん。ちょっと待てよ」。親爺が考え指を折ってると「デアリングタクトですか」と横山。「1200万弱で落札された馬がすでに5勝して獲得賞金は4億円。こういう馬が活躍するのは喜ばしいこと。GⅠ馬=高馬じゃ世の中つまらん。タケシバオー、ハイセイコー。カツラギエースにオグリキャップ…。目利きの博労や調教師が重宝された時代が懐かしいよ」「うんうん。とのさんも年とったなぁ」

源田威一郎

GENDA ICHIRO

大学卒業後、専門紙、国会議員秘書を経て夕刊紙に勤務。競馬、麻雀等、ギャンブル面や娯楽部門を担当し、後にそれら担当部門の編集局長を務める。
斬新な取材方法、革新的な紙面造りの陣頭指揮をとり、競馬・娯楽ファン、関係マスコミに多大な影響を与えた。
競馬JAPANの主宰・清水成駿とは35年来の付き合い、馬主、調教師をはじめ懇意にする関係者も数多い。一線を退いた現在も、彼の豊富な人脈、鋭い見識を頼り、アドバイスを求める関係者は後を絶たない。

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